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2024年1月31日

怒りの感情を悪者扱いしないで自分の成長につなげていく方法

こんばんは。リフレーム・カウンセリングルームの平野なおみです。

今日は「怒りの感情の適切な処理の仕方」について、ここで皆様と一緒に考えていけたらと思います。

怒りの感情② 無かった事にして我慢してしまうと

「怒るのは駄目な感情」というような感覚をお持ちの方は多いと思います。子どもの頃、怒ったり癇癪を起した時に叱られた人もいたかもしれませんね。私と同じように(笑)

子どもの頃に、ご自分の怒りの大きさや衝動性の高さに気付かれ、嘆かれ「自分はこのままでは将来、人を傷付けたりといった犯罪を犯してしまうのではないか?」などと不安で一杯だった方もおられるかもしれませんね。

怒りの感情のコントロールが効かずに、何とかしたいとお困りのご本人が出来るスキルとしてアンガーマネジメントも有効だと私は思っています。

また「泣き虫」も直さなければならないダメな人・・・というような認識をお持ちの方も多いですよね。

感情に善し悪しはありません。

全て大切なご自分の感情なのですが「怒り」や「悲しみ」など一見、ネガティブと捉えられやすい感情を我慢しがちだったり、その結果としてコントロールできずに思い悩まれている方が、カウンセリングや心理療法を受けに来られることは実はとても多いです。

私自身も「怒りと言うテーマ(課題)」を持つ自覚を持っています。何か大きく怒りを感じることがあれば”ひとりの素の自分”として心理療法を受ける選択をしてきましたので、”怒っている状態の自分との付き合い方”はかなり上達してきているとは思っています。

「怒り優位の人と悲しみ優位の人」については以前こちらに書きました。

では、ここから私が最も尊敬する精神科医である斎藤 学先生の著書「過食・拒食の病理をさぐる 生きるのが怖い少女たち 光文社」を参考文献として

こちらを訪れて下さっている認識の高い皆さまと、怒りの感情について一緒に考えていきたいと思います。

特に怒りの感情は、たいせつにしたほうがよい。怒りの根源は、赤ちゃんのオギャーと泣く声である。

それは欲求不満のサインであり、自然に発生するものであり、赤ちゃんの生き残りに不可欠なものである。

欲求不満の怒りは、相手の愛と関心とを要求するものであるから、元来がコミュニケーションの手段のひとつであり、健康なものである。

しかし怒りは、それが向けられた相手にとっては不快で破壊的なものであるから、その出し方には工夫がいる。

成人の怒りは適切な機会と場所で、洗練された方法で表現されなければならない。

こうして成人の怒りは「自己主張」へと発達してゆく。

つまり欲求不満という違和感を洗練することで、自己は作られるのである。

怒りについて、このノートに書くことは”適切な処理”のひとつである。怒りをノートの上で、表現し、それを洗練して、他人に伝えられるまで練り上げよう。

それはすでに「自己主張」という宝石になっている。

過食・拒食の病理をさぐる 生きるのが怖い少女たち 斎藤 学先生著:光文社

いかがでしたか?

この著書の初版発行は1993年となっていまして、私が購入したのもかなり昔なはずですが昨年、改めて読み返してみて「とても希望が湧いた」一節です。

怒りと言う感情を無かった事にせず、相手に爆弾として投下したり、不機嫌顔で周囲にイライラを垂れ流す事も大人としてのマナーとしてせず、

自分の反応に大切に向き合いながら適切な処理をしていくと自分の中の宝石となっている・・・と書かれていると思います。

「怒りの感情も=自身の成長」となり得ると言うこの理論が私は大好きです。

怒りの感情を練り上げ洗練させていくとそれはあなたの自己主張という宝石になる

一方、恨み、憎しみは嗜癖行動を増加させる”燃料”になる。

怒りは欲求不満から生じ、他人の愛や配慮や関心を求めるものだが、恨みと憎しみは相手を滅ぼそうとする思いから始まる。

これらは人間関係を破壊し、それによって”空虚”と”寂しさ”の感覚を生む。

空虚感、寂しさ、そしてそれらが否認されて生じる”退屈”の感覚は、いずれも嗜癖行動の培地となる。

そういうわけで憎しみと恨みの感情は、一つひとつ注意深く取り除いてゆく必要があるのだが、そのためにはこれを抑圧(忘れること)したり、否認(感じていることを感じなくすること)したりしてはならない。

摂食障害者の場合、特にこの傾向が強く、それが症状の悪化を招く。

勇気を出して憎しみや恨みの対象になっている人物を特定し、それがどのようにして生じてきたかを書き出してみよう。

過食・拒食の病理をさぐる 生きるのが怖い少女たち 斎藤 学先生著:光文社

更なるこの理論にも脱帽だった私です。物凄~く深い・根っこの部分が書かれていますね。

私の中にも「怒りを正当に主張できずに、消化できずに腐敗させてしまい、相手に対する恨みつらみに変化してしまった」

こういったドロドロした感情を持った経験は、人間として当然ありますし、今後も、もし大きく不快な出来事が起こればドロドロした自分の一部がひょっこり顔を出すかもしれません。

カウンセリングや心理療法の場では、どの感情や思考や行動も、ひとつひとつ整理をしていったり、一緒に全体を見渡してみる事で「悲しみや傷付き体験から狭くなってしまっている視野」をひろげていったり、一緒に考え確認し合いながら、目標に沿って進めていきます。

人には誰しも防衛機制が備わっていますので、抑圧(忘れること)や否認(感じていることを感じなくすること)もよ~く起こります。自分を守ったり保つ為に様々なことを無意識のうちに日々しているものです。

その方が、”ご自分の中の本当の自分”と直面できるまで、何年もかかることも珍しくありませんが、勇気をもって歩まれる方の伴走をしながらサポートをさせていただくのがカウンセラーの役割です。

1月最終日!! 空から白いものが降っている静かな夜です。

私は今月中に仕上げたかったものが(毎度の事ながら)半分くらいしか終わっていません。自分を助ける為に、今日のうちに少しでも手掛け、気持ちよく過ごそうと思っている誕生月をぶじ迎えた私です。